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ランチア・フルビアHF 世界のレーシングカーコレクション Mk(デル・プラド)

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本日は、世界のレーシングカーコレクション Mk(デル・プラド)より
ランチア フルビアHF です。
(2007/07/15)

[注]当時記事は消滅です。ブログ仲間の人にトヨタ7と交換してもらったフルビアHF、カッコエエと思います。 やっぱ1/43、フロントグリルのエンブレムなんか凄い良く出来てると ...思いますってって感じのなんて事無い記事だったみたいです。多分2006年の12月ぐらいから発売されたんじゃないかと思うデルプラド世界のレーシングカーコレクションは1個500円、1/43で中々のクオリティでした・・・今なら箱買したいです。

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ゼッケンやマーク類はデカールだっだけど良かっだです。テールランプ類は色塗りだけど、ヘッドライト類は透明パーツです。こんなシリーズがまたあれば良いと思いつつ・・・・アシェットやアゴスチーニが倒産しても無いでしょうね!

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それでは ランチア・フルヴィア について・・・

フルヴィア(Fulvia )は、イタリアの自動車メーカー・ランチアが1963年から76年まで製造・販売した小型乗用車である。1600HFモデルのラリーでの活躍で知られ、1972年にはWRCチャンピオンカーとなった。フィアットの傘下に入る前に設計された最後の純粋なランチアであり、その伝統に恥じない高度なメカニズム、上質な工作水準、上品なスタイルを持っていた。
当時の大衆車アッピアの後継車として企画され、設計は上級車のフラヴィア同様、当時のランチアの主任設計者で、戦前フィアットで初代フィアット・500をダンテ・ジアコーサと共同開発したアントニオ・フェッシアであった。

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上級のアッピアとの共通点はほとんどなく、フラヴィア同様の前輪駆動(FWD)車だったが、エンジンはフラヴィアの水平対向式ではなく、1920年代の傑作車ラムダ以来伝統の狭角V4レイアウトをDOHC化して採用した。一方、意外にも後輪サスペンションはリーフスプリングによる固定式であった。フラヴィア同様、ダンロップ製4輪ディスクブレーキを装備していた点は非常に進歩的であった。


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クーペ 1965年に登場。ベルリーナより15cm短いホイールベースと、1,216cc/1,231cc90馬力エンジンを搭載。
ラリー1.6HF - 1969年登場のラリー1.3HFの発展型。1,584cc115馬力。
ラリー1.6HFヴァリアンテ1016 - 最強のフルヴィア。1,584cc132馬力。
クーペ1.3S - 標準型の1970年以降のマイナーチェンジ版。5速MTギアボックスに変更。1,298cc90馬力。1976年まで生産された最後のフルヴィア。
クーペ1600HF - ラリー1.6HFのマイナーチェンジ版。1,584cc114馬力。
クーペ1.3Sモンテカルロ - 1972年ワークスカーのレプリカ版。エンジンは1,298cc90馬力。


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高度なメカニズムと少ない生産規模に加えて、上記の通りコスト・生産効率・部品供給は二の次かと思われるほど仕様変更やモデル追加を繰り返した、上級のフラヴィアとの互換性もほとんどないフルヴィアが、当時のランチアにとって儲かる車種であったとはとても考えられない。このためフィアットは1972年にはフィアット製エンジンを持つベータを投入、クーペよりも売れ行きが不振だったベルリーナをまず廃止、翌年にはベータ・クーペを登場させ、スポルトとクーペ1600HFの生産を終了した。

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フルヴィアでの国際ラリー参戦を遂げたチェーザレ・フィオリオ率いるセミワークスよりランチアワークスとなったHFスクアドラ・コルセより、ラリー・モンテカルロや過酷なサファリ、RACラリー等にも精力的に参戦する。

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まず、60年代後半よりHF1.3を投入。 チームにおける歴代ラリーストとしてオヴェ・アンダーソン、サンドロ・ムナーリ、ハンヌ・ミッコラ、ラウノ・アルトーネンらのドライブにより数多くのラリー・ラウンドを勝ち取り、ラリーにおけるランチアブランドを一気に押し上げた。

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クーペ1.6HFを投入する1970年。この時、メインストリームはスポーツカーが台頭するアルピーヌやダットサンが猛威を振るっており、チームの新人であるムナーリがエース格へ育つにはそこから2年待つこととなる1972年。ムナーリがモンテカルロで初優勝を遂げ、ここから、ランチアが世界の頂点を目指すターニングポイントとなっていく。

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アルピーヌがボディの軽量化に加え、1.8リッターにスープアップしてきていた翌年のWRC元年。もはや熾烈が極まってくると1974年シーズン後半からストラトスにスイッチすることになり、最後までジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランス、タルガ・フローリオ等のオンロードフィールドでも参戦させていた残ったクーペ1.3Sも1976年、それに合わせストラトスのサポートとしてベータ・クーペ1300と交代させていく事となる。

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フルヴィアは1965年以降、当時の日本総代理店であった国際自動車商事を通じて各モデルが輸入された。台数的には数十台程度であったが、スポルトのオーナーには作家の安部公房の名もあった。1970年をもって国際自動車商事はランチアの輸入から撤退し、1976年にロイヤル・モータースによってベータ・クーペが輸入されるまで日本ではランチアの(正規)輸入は途絶えた。・・・解説文は全てフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)文抜粋引用 最終更新 2013年4月23日 (火) 05:57。

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本日は、世界のレーシングカーコレクション Mk(デル・プラド)より
ランチア フルビアHF です。


明日はアップできるかな?(がんばります。)
今日も今日とて仕事で時間なし(頑張っとります。) 
よって画像アップだけという感じです。(いっつもじゃ)
レコードCD化は・・・・・・・(今週もいかんですね!)
今回も仕事で見るだけシリーズです・・・・・・(ろくなコメント無しと言う意味)

誤字脱字見逃してください。(時間無しです。)

テーマ : ミニカー
ジャンル : 車・バイク

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